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| グリム童話/ ヘンゼルとグレーテル 飢饉のため、森に捨てられてしまったヘンゼルとグレーテルは、兄・ヘンゼルの知恵により、なんとか家に帰ってくることに成功する。しかし、こんどはもっと深い、森の奥へ奥へと捨てられてしまう。 森から出られなくなってしまったヘンゼルとグレーテルは、森の中で白い鳥を見つけ追いかけていくと、その先に、お菓子の家を発見する。 しかしそこに住む悪い魔女により、ヘンゼルは捕らわれの身となり、 グレーテルは厳しい労働を強いられることになる… |
すべての人は母の体から生まれ、ほとんどの人は母の手によって育ちます。
そしてその数年後、すべての子供たちは精神的にも経済的にも自立を目指して成長していきます。
このことは、人種や時代に関係なく、個人個人が大昔から永遠と繰り返されてきていて、そしてやっと今の私たちにたどりつきます。
「ヘンゼルとグレーテル」というこの童話は、その内面的な自立過程をみごとに表現されていると考えることができます。
かつて、親から自立するとき、私たちの内なる世界ではどんなことが起こっていたのでしょうか?
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まず、このお話はヘンゼルとグレーテルという男女ふたりの主人公が登場します。
これは、幼い個人の子供の自我が、まだ男性的でもあり女性的でもあることを表しています。
まだ男性とも女性ともいえず、はっきりと分離して自我が確立する以前の状態を示しています。
そして、このお話の始めに、「貧乏のうえに、大飢饉がやってきました」とあります。
これは子供の心的エネルギーの欠如を示していて、意識内で活動すべき心的エネルギーが無意識内に退行していることを意味しています。
そうしてお話の中では、「深い森の中」という無意識の世界に心的エネルギーが退行し、ふたりの主人公は森の中という無意識の世界から抜け出せなくなっていくのです。
人はだれでも、心的エネルギーが無意識内に退行すると、妙な空想にふけったり幼稚的な願望が現れたりするもので、このようにエネルギーが退行して自我が弱くなると、他人の少しの親切を無闇にありがたく思えたり、他人の小さなミスが冷酷な仕打ちに思えたりするものなのです。このお話しの場合は、「貧乏な上に大飢饉がやってきました」という心的エネルギーが欠如している状態の中で、「母親は私たちを捨てようとしている」という冷酷な仕打ちをされているという話になっていったのかもしれません。
そうして、ヘンゼルとグレーテルは冷酷な母に連れられて深い森へと迷い込みますが、兄・ヘンゼル(子供の男性的な要素)の知恵によて一度は森の中(無意識の世界)から帰ってくることに成功します。
しかし、再び大飢饉がやってきて(心的エネルギーが欠如して自我が弱まり)今度はもっと深い森の奥へ奥へと(無意識の奥深くへと)引き込まれていきます。
そして、そのときヘンゼルが道しるべにと思って、まいておいたパン屑は、たくさんの小鳥たちがついばんでしまい、今度こそ帰れなくなってしまいます。ふたりは、森の中から出ようとすればするほど、さらに深く深くへと迷い込んでしまうのです。
やがてふたりは疲れはて、薄暗い森の深くで動けなってしまいます。
しばらく呆然としていると、その時、「美しい真っ白な小鳥」が現れます。
この小鳥は、人間の『魂』そのもののイメージで、よくおとぎ話しや私たちの夢の中では、主人公が困り果てたときに現れるイメージです。
そして、その元型的な魂(美しい白い鳥)のイメージは、ふたりの子供が深い森から抜け出そうと歩き回り、疲れきり、困り果てているときに、精神全体の調和をはかろうと小鳥が現れ、ふたりをお菓子の家という甘く幼稚な願望の充足へと導いていくのです。
その美しい白い鳥のあとを追い、やがてたどりついた「お菓子の家」には、危険な魔女が住み着いています。
この魔女は、グレードマザーという元型的なイメージです。
そこでヘンゼルは、その悪い魔女により、納屋に閉じ込められてしまい、やがては喰われてしまう時が来るのを、怯えながら待つことになります。そんなグレーテルは、乾いたカニの甲羅〔コンプレックスの象徴〕しか食事を与えてもらえずに、苛酷な労働を強いられることになるのです。
これは否定的な母親像の甘い誘惑に引き込まれた結果、強いられた苦行なのです。
かつて、人々がまだ幼い子供だった頃、母親の否定的な一面を見てしまったとき、母親のことを恐ろしい魔女のように感じることがあったのかもしれません。
幼い子供にとっての母親とは、お菓子の家のような甘く満ち足りた世界を与えてくれる存在でもあるのですが、納屋に閉じ込めて喰おうとしてくる恐ろしい存在でもあるのです。
そして、この悪い魔女(母親像の否定的な一面)によって強いられた苦行は一ヶ月ほど続きます。しかしグレーテルは、自分の力でその魔女をパン焼き釜に放り込み、やっつけることになります。
いままでは、兄のヘンゼルによって様々なピンチを逃れてきましたが、妹のグレーテルは泣いてばかりいて、ただお兄ちゃんの言うことを聞いてきただけだったのです。
しかし、最後にこの大ピンチに立ち向かったのはグレーテルなのです。
このことから、子供の自我形態の飛躍的な成長を感じとることができます。
泣いてばかりいて、いままで何もできなかった子供の女性的な一面(グレーテル)が、自分の意志で行動を起こし、魔女をやっつけて、納屋に閉じ込められていた兄(男性的な要素)を救ったのですから。
そしてその一ヶ月にも及ぶ長い苦しみによって得たものは、たくさんの真珠や宝石でした。これはそのまま解釈することができます。
子供はなにか大きな苦しみや、大きなピンチを自分の力で乗り越えて精神的に何かを身につけるということは、何物にも変えがたい宝物を手に入れたようなものなのです。
そぅしてたくさんの真珠や宝石を手に入れた2人は、あの恐ろしい魔女の家から逃げ出し、森を抜けだそうとします。
しかしそこには、大きな川が2人の前に立ちはだかります。
この川は、恐ろしくて薄暗い無意識の世界と光に満ちた意識の世界を仕切る、境界線の象徴ということができます。
深い森という薄暗い無意識の世界から明るい意識の向こう側に戻るためには、この大きな川を渡らなければなりません。
そこでまた、カモという鳥が現れます。
思い返せば、道しるべのパン屑をついばんで帰り道を分からなくさせたのも鳥でした。鳥のせいで深い森に迷い込んだのです。森中を歩きまわり、疲れ果てたときに、お菓子の家に誘い込んだのも鳥でした。そして明るい意識の世界に戻ろうとしているときに、その橋渡しとして現れたのも、やはりカモという鳥なのです。
この物語の大きな節目には、いつも『鳥』が現れているのです。
ユング博士は、鳥は人間の精神性や、魂そのものを表すことをよく指摘しています。
しつこいようですが、鳥は、色々な世界を自由に飛びまわれることから、人間の精神全体の調和をはかる魂の象徴にピッタリなのです。
そぅしてカモに助けられ、大きな川を渡り、森という恐ろしい無意識の世界から抜け出し、我が家という正常で明るい意識の世界に戻ってきたヘンゼルとグレーテルは、きこりがいる前で真珠や宝石を撒き散らします。
そして苦労という苦労はせずに、一家は楽しく暮らせるようになります。
このことは、子供の弱かった自我体系が母親の依存心から開放されて、自由に楽に生きられるようになったことを示しています。
このときにはもぅ、グレードマザーからの元型的な呪縛から開放され、精神的に母親から自立したことを示しています。
つまり、このお話は、無意識に退行してグレードマザーと対決し、数々の苦難を乗り越えたことによって母親への依存心を断ち切り、自立することに成功したという子供の精神過程を表した物語ということができるのです。
この「ヘンゼルとグレーテル」というお話は、人種や時代に関係なく、すべての人類が乗り越えなければいけない内的な体験をみごとに表現しているようです。
【シンボル】
ある大きな森= 薄暗く、なにが潜んでいるか分からないということから、無意識の世界を表している。
おかみさん= 現実的な母親の、否定的な影のイメージ。
美しい白い小鳥= あっちの世界やこっちの世界を行ったり来たり自由に飛び回るということから、
意識と無意識を繋ぐ直感的な働き、あるいは魂そのもの。
お菓子の家= 退行的な甘えの願望。そこにはいつも死の危険が潜んでいる。
お婆さん(魔女)= グレートマザーの元型。
かにの甲羅= 乾いたコンプレックス。
大きな川= 意識と無意識の二つの世界を仕切るもの。その境界線のシンボル。
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