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まいどです。 |
送っていただいた「立ち入り禁止の地下」の夢は、あなた個人の心の内容というより、普遍的な心の構造をあらわしているように感じられます。
なので、「立ち入り禁止の地下」の夢を、ユング博士による心のモデルと照らし合わせての解釈を試みたいと思います。
ですがその前に、まず予備知識として、ユング博士による心のモデルを説明させて下さい。
まず、添付した図(心の球体)をご覧下さい。

この球体が人間の心として、その外側はすべて外界とすると、球体の表面には、外界に適応するための適応機能(優越機能、主機能ともいう)があります。わたし達は、この球体の表面に分化した機能によって現実的な出来事に適応していきます。
そして、右の図は、球体の断面図で、図の(1)は、球体の一番表面の部分であり、意識が、外界と一番はじめに接触する心の領域をあらわしています。
この、心の球体の一番表面の部分の適応機能は人によって違ってきます。
例えば、何かの動物が歩み寄ってきたとき、Aさんは、「この動物はどのような国でどのように改良され、種類や習性はどうなっているのだろうか?」と考えます。Aさんはそのような時だけでなく、外界の適応するために、主にこのように思考を働かせることが意識活動の中心となっているとすると、その場合、Aさんの主機能は「思考」となるので、断面図の(1)は思考が入ります。
すると、その劣等機能は必然的に“感情機能”となるので、断面図の(4)は感情となります。
また、Bさんの場合は、その足元に何か動物が歩み寄ってきたとき、まず初めに、「その動物の毛並みや肌触りの感触は気持ちいいかどうか、その動物は綺麗か汚いか?」という意識が主に働きます。
Bさんはそのようなときだけではなく、外界の現実に適応するためにはそのような感覚機能が中心に働くので、Bさんは感覚タイプの人となり、その場合は、図の(1)は感覚となり、劣等機能は、その正反対に位置する直感になるので、図の(4)は、直感機能となります。
思考と感情、あるいは感覚と直感はお互いに打ち消しあう関係にあるので、この二つを同時に機能させることは出来ず、一方が意識に上ればその反対の機能は必ず無意識下に消えていくという関係にあります。
なので、[思考-感情・感覚-直感]というように示すことができます。
わたし達の適応機能は、職業でいうと、官僚や政治家などは思考機能が主体となりやすく、工員や技術者は感覚機能が、教育者や福祉関係者は感情機能が、芸術家や作家、芸能関係者などは、直感機能が外界に適応するための優越機能となりやすいのです。
あなたの場合は、おそらく感覚が主機能で、次が思考機能ではないかと私は考えているので、今回の図では、球体の一番表面である(1)が感覚、その次が思考、感情、直感という順番に並ばせて頂きました。
数字が若く、球体の表面にくればくるほど外界との適応に関係があり、その機能は分化され、発達していて、自分の思うようにコントロールすることが可能な機能となります。
反対に、球体の中に向かうほど、自分の意志では思うようにコントロールできず、その人にとって厄介で劣等な機能となります。
そして、この(1)〜(4)までが、外界に適応するための外的な心の領域となります。
さて、次からは球体のさらに内部に向かい、(5)〜(8)までは内的な心の領域です。
すると、まず初めに目に付くのが、「記憶」です。次の、6番目の層は、「各機能の主観的構成要素」の領域があり、そして、7番目の層は、「興奮」です。
ここまで深い心の層にくると、もう、自分の思うようなコントロールはまったく不可能となり、もし、この領域が活性化してしまうと、わたし達はその内容を、鉄のごとき両手で強引に押さえつけるしかありません。もしそうでなければ、興奮の奴隷となってしまう他ないのです。
わたし達は、なにか理不尽な想いをして、この層が活性化してしまったとき、我を保てるかどうかは理性の力にかかっています。
そして、心のさらに深い部分、図の(8)は、ユング博士が「侵入」と呼ぶ領域で、もしこの領域が意識内に侵入してしまうと、もうどうしようもありません。それも一時的ならいいのですが、もし長く続くようであれば病的な様相を呈してしまいます。
例えば、だれの目から見ても温和で、人が良く、礼儀正しい人が、何かの事件の被害者となってしまったとき、彼は加害者に対して、「絶対に許さなねぇ、ぶっ殺してやる」と言ったとします。彼はまるで人が変わったようになってしまい、実際に彼は、想像の中では、「ぶっ殺している」のです。
これは、激しい情動と共に、「ぶっ殺している」というイメージが、意識領域に侵入してきた結果で、わたし達は、この「侵入」に関しては、いっさいコントロールすることは出来ず、この心の層は、わたし達の精神にとってはとても危険な領域です。
そして、さらに球体の中心部に入り、断面図の(9)は、個人的無意識と呼ばれ、ここはわたし達にとっては全くの謎の領域です。そこは暗闇に包まれ、認識は不可能で、ここでの出来事や内容は、夢などを解釈して僅かながらに憶測することができる程度です。基本的に、その内容は、憶測したり仮説を立てたりと言ったことができる程度で、実際のところはなにも分かりません。もし分かったことがあれば、その時点で無意識ではなくなり意識となります。
さらに、ユング博士は普遍的無意識という仮説概念を立てて、そこでは、人類の気の遠くなるような長い歴史があります。
例えば、わたし達の身体は、母親の母胎にいるときは魚類のような姿をしていて尻尾があります。そこから爬虫類のような姿に成長し、やがて生まれると、そのときの赤ちゃんはまるでおサルさんのような顔をしています。
これは、わたし達の身体が形成さられるとき、生物学的な進化の歴史をそのまま辿ってきていることを意味しているのですが、ユング博士は、そのような進化の歴史はわたし達の身体だけではなく、心の奥深く(無意識)にも、ちゃんと長い尾を引いていると考えました。この領域が、人間の最も深い心の要素です。
このように、ユング博士は、わたし達の精神を断層的に考えました。
少し前置きが長くなってしまいましたが、今回送っていただいた「立ち入り禁止の地下」の夢を、この心のモデルと照らし合わせて解釈すると、それなりの説明がつくのではないかと思います。
まずこの夢は、大きなスーパーから始まって、そこでは多くの人々で混み合っています。
スーパーは、お金さえあれば何でも手に入り、あらゆる物事を自分の思うようにコントロールできる場所ということから、既に分化・発達している適応機能を、自分のコントロール下にある機能を思う存分使うことができる外的な世界をあらわしているのです。
すると、あなたはそのスーパーの地下の駐車場へ降りていきます。当たり前ですが駐車場は車が置いてある場所です。
夢の中の車は、あなたの心のエネルギーをあらわしていて、あなたは、この夢を見たときには、もう現実に免許書を持っていたとのことですので、あなたにとっての“自動車”は、自分の思い通りにコントロールできる分化した心のエネルギーを意味しています。つまり、心理学的には“感覚”という主機能のエネルギーを象徴していると思われます。
ユング博士の心のモデルでは、心の内部に下がれば下がるほど、コントロールの利かない領域となっていきますので、この夢が示している通り、地下に降りていくと、自動車(つまり、コントロール可能な意識のエネルギー)がないのです。
そして、注目すべきは、地下3階までは普通の駐車場であるということです。なぜ、自動車の置かれている駐車場は、地下の3階までだったのでしょうか?
それは、意識活動の第三の機能までは(あなたの場合、おそらく感覚、思考、感情の三つまでは)コントロールが可能なので、地下3階まで、コントロール可能な車がある場所(つまり駐車場)として表現されてるものと考えられます。
そして、第四の機能は、劣等機能といって、わたし達にとっては思うようにコントロールの利かない、気難しい機能です。
わたし達にとって、第四の機能がいかに劣等であるかは、例えば、思考が優位である科学者や官僚に泣いている子供を抱かせてみれば分かります。
そのような時、その人は自分の感情をコントロールして「大丈夫だよ」と慰めなければなりませんが、科学者や官僚などの思考タイプはの人にとっては、感情はコントロールの利かない劣等な機能なので、子供の慰め方ひとつ分からず、困り果ててイライラしてしまうのです。
これは、官僚や科学者といった思考タイプにとって、自分の感情は厄介な第四の機能だから起こる事実なのです。
例えば、芸術家や芸能人などの直感タイプの人は、暮らしている部屋がどうしても散らかりやすく、着ている服装なども毎日変わらなかったりするものです。これは、直感タイプの人にとっての感覚は、思うようにコントロールの利かない第四の機能なので、どうしてもそうなりやすいのです。
わたし達は、第四の機能に関しては産まれたての赤ちゃんと同じで、その頃からほとんど発達しておらず、それは適応機能にとっては害のある機能なので、普段は心の深い層に押しやっているのが普通なのです。
そして、夢の中の地下の四階は、第四の劣等機能が支配する場所をあらわしています。そこにある心的要因は、コントロールの利かない厄介なものなので、“コントロールの利くもの”を象徴する自動車はありませんし、そこは駐車場であるかどうかも分かりません。
ここからは、自我(夢の中のあなた自身)にとって、とても危険な心の領域なのです。
夢の中で、地下3階から下は「立ち入り禁止」となっているのはそのためなのです。
心の安全を保つためには、そこから下は踏み入れてはいけない領域なのですが、あなたは当時、内的な世界に興味があったのか、さらに下へと降りていってしまいます。
「鎖をまたいで下に降りると照明が一部消えてたり蛍光灯がチカチカ点滅しててうす暗かったです。」
とあるように、そこから下は外的な心の世界からは遠く隔たり、少しずつ無意識の奥へと入り込んでいきます。
夢の中の光や蛍光灯は、意識をあらわし、意識をあらわす蛍光灯は、チカチカと点滅して薄暗くなっています。
地下四階から下が、コントロール可能なエネルギー(自動車)が全く無いということは、ユング博士の心のモデルとピッタリと一致していて、これは本当に興味深いことです。
すると、6階から、人の形をした影がフッっとでてきます。
そして、地下7階に下りると、その影がすごくたくさんいます。心の7番目の層は、ユングのモデルと照らし合わせると、「興奮」の領域に入り、もし、ここにいた影が活性化してしまうと、理性の力で強引に押さえつけるか、あるいは、意識が彼らに乗っ取られてしまうしか仕方ないので、
「夢のなかでは直感的にその影に触れたら死ぬって感じがしました。」
と思うのは、当然のことだと思います。
「下に降りる階段は真っ暗で怖くて一目散に地上に上がりました。」
「下の階段」というのは、地下8階のことであり、ユングのモデルでは、“侵入”の領域と思われますが、この領域は、わたし達の自我にとってはあまりにも危険なので、地上(意識領域、あるいは外界)に上がらなければならなかったのでしょう。
そして、夢の中のこの影が、具体的には何を象徴しているのか、ですが、これは、心理学の用語でいう“シャドウ”だと思っていいと思います。
これは影であって人間ではないので、なんらかの心的要素が、人格化すらしておらず、それ以前の段階のまったく発達していない未分化な心的要素なのでしょう。
そして、注目していただきたいのは、「上半身だけ地面の上にでているような感じ」というところです。
これは、まるで足が存在していないかのようなイメージです。
夢の中の足は、「立場」を象徴することが多く、影で象徴されている何らかの心的要素には、「自分の立場」が無いのです。立場がないので、なんとか安定した立場を手に入れようとしてフラフラと彷徨っているのです。
この影の数々は、いままで意識によって見放され続けてきた、未分化で劣等な何らかの要素をあらわしているのでしょう。
具体的には分かりませんが、この影は、ご本人にとっては邪魔であり、嫌いで、出来れば見たくない、ずっと心の底に隠しておきたい何らかの要因の総体と考えることが出来ます。
この夢の断層的な構造は、あなたの個人的な心の内容をあらわしているというよりは、普遍的なわたし達の心の構造をあらわしているのではないかと解釈することができます。
この夢は、心の内容というよりは、普遍的な“心の層”を表現しているものと思われます。
地下1階が、ユング博士のモデルでいう(1)であり、地下2階が(2)、地下3階が(3)と続き、地下8階の(8)付近まで降りていく、という心の描写をあらわしているのでしょうね。
さて、通常の二倍の文章量(予備知識と夢解釈)になってしまいましたが、このように解釈させて頂きました。
いかがでしょうか?
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長文お疲れ様でした。
非常に興味深い内容でした。
そのユングの心のモデルそのものをあらわしているところなんか貴重な感じがしました。
これはぜひ載せてやってください。
その当時は彼女いない暦年齢でカップルをみるとむかついたり、劣等感を感じたり、
鬱な気持ちになったりしていました。
場合によっては男のほうだけぶち殺してやろうかとか思っていたこともありました。
電車とかでキスとかいちゃついてる高校生なんかそうでしたね。年下のくせにって感じで。
あるいは年下なことに劣等感とか。
車も持っていなかったので同じ学生で車を持っている人がうらやましくて
自分は高級車に乗って見返してやりたいとか思っていました。
現在は一応高級車に乗ってます。
コンプレックスみたいなものがいろいろあったのでしょうかね?
そうやって解説していただいたら武装してライトをもって8階にも下りていって見ようとか思いました。
8階、9階、10階はどうなっていたのだろうか少し興味がでてきました。
でも夢の中ではどこまで続いているのかわからない、なかがどうなっているのか想像もつかない、
無限に続いているんじゃないかと思ったくらいです。とにかく6階から怖かったです。
銃器で倒せる相手ではない感じでしたし。
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追加ですけど、
私は普段は落ち着いていて少々何があってもめったなことでは怒らない、キレることのない人ですが理不尽なこと、人格を否定されたようなことがあったら相手を殺したくてしょうがなくなります。
破壊と殺意の衝動にかられますがもちろん行動化はしていません。
頭の中で相手をたたき殺すところを想像したりしながらイライラな状態をすごし、
30分以内にはおさまります。
よくあるのが自転車に乗っていてすれ違いざまにもたついて相手の自転車から舌打ちくらったときは引き返して体当たりしてボコ殴りにしたくなります。
そのイライラが5分、10分つづきます。
さらに相手が文句を言ってきたときなんかこっちも罵り返そうとしますが、
互いに自転車に乗っているのでほとんどの場合、反応に遅れて相手も自分も遠く離れてしまっていて罵れずじまいでイライラだけが残ります。
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あなたのご想像の通り、夢の中の地下6階からでてくる“影”は、この夢を見た当時(5年以上前)の、そのような、「破壊と殺意の衝動」の源となっている心的要因の象徴と考えることができると思います。
これは、わたし達人間ならだれもが持つ元型的なコンプレックスです。
ユング心理学でいうシャドウの像は、“悪”のイメージに近いものであって、当時のあなたは、もしかしたら、この“影”が接近してしまっていたのかも知れませんね。
これはわたし達にとっては本当に危険なことで、もしこの強烈なイメージに意識が呑み込まれてしまったら、例え一時的だとしても、本来の自分自身を失ってしまうことになるかも知れません。
ですが、もう5年以上も前の夢ですので、それほど気にとめる必要はないかと思います。
それにしても、あなたの夢には元型的なイメージがあらわれることが多いですね。
また何かございましたら、お気軽にご投稿いただければと思っております。
では…
送信日時:2007年09月28日